ガイアの目覚め 地球生命圏の心

ガイアの目覚め

地球生命圏の心

                               プラブッダ

いまは亡きアメリカの多元的思想家・科学者バックミンスタ ー・フラーの提唱した宇宙船地球号”という概念は、新聞の 社説にも使われるほど定着したかにみえる。現在人類社会が抱 えるさまざまな問題の全世界的な広がり、つながりは、すでに 一国家、一地域の枠を超えて、地球全体を一つの有限な〝宇宙 船”とみなければ、とうてい解決が望めないような質をもって いる。その意味では、「地球号を救え!」といったとらえ方は、 狭い私利私欲にこり固まった立場よりは一歩も二歩も前進だろしかし、フラーの原書タイトル「宇宙船地球号操縦マニュア ル」に表れているとおり、そこにはまだいくつもの誤謬ないし 偏見が含まれている。まず第一に、地球を“宇宙船という一 種のハードウェアとみなしている点。そして、その機械を、 主 人公である人間が操縦できるという傲慢な思いこみだ。もちろ ん、フラーの真意は、「もっと賢く船上生活をやりくりしよう」 というところにあって、 十分評価に値するものだが、なおかつその底に微妙ではあっても機械論的で人間中心的なパラダイム があることは否めない。これにかわって、一九七〇年代の終わ りに地球像の大転換をもたらしたのが、イギリスの科学者ジ ム・E・ラヴロックの提出する「ガイア仮説」だった。

ラヴロックの主張を一言で要約すれば、地圏、水圏、大気圏 を含んだ地球生命圏 (biosphere 生命現象の展開している領域)は それ自体が自己維持・修復・進化能力をそなえた集合生命であ り、われわれ人間はほかのあらゆる生物同様その成員でありパ ートナーである、ということになろうか。同仮説を一般向けに 解説した著書『地球生命圏―ガイアの科学 GAIA」 (工作舎) のなかで、彼はそれを「この惑星上において生命に最適な物理 化学環境を追求する一つのフィードバック・システム、ないし サイバネティック・システムをなす総体」と一般システム論用ーガニズム 語で慎重に表現し、そのシステムをギリシア神話の大地の女神 にちなんで 〈ガイア〉と名づけている。とはいえ、同じシステ ムでも生命システムである以上、地球は冷たい無機質なハード ウェアなどではなく、生き生きと息づく有機生命体であって、 われわれ人類はもっとも進化し、数の上でも優勢な知的生物と して重要な役割は担っているものの、あくまでもその一構成要 素=器官にたとえられる。宇宙船パラダイムから地球生命体パ ラダイムへ――この転換は、われわれの自己感覚の根源的変容 を迫り、人類とその社会が今後生命圏内でどのようなふるまい をするかに決定的な影響をあたえるものかもしれない。という ところで、ざっとガイア仮説形成のいきさつとその内容を眺め オルガン てみることにしよう。

一九六〇年代初頭、NASAの火星探査計画にかかわったラヴロックは、無人の探査機を送りこんで火星に生命の存在ある いはその痕跡を探るには何を目安に、どんな方法を用いたらい いのかを考えたすえ、非常に普遍的な生命の定義にもとづいて 「エントロピーの減少ないし逆転」に注目すべきだと提案した。 地球上の生命現象をモデルとした生命検出法では、地球型の生 命にしか通用しないからだ。

エントロピーとは、ある秩序や組織性をもったものが時間の

経過とともにだんだんと無秩序なものに散乱崩壊していく傾 向を表す概念で、生命とはそうした自然な散らばり傾向に逆ら って秩序と組織化をもたらす負エントロピー性の現象であり、 生命体の存在する環境には、無生物環境とはっきり異なった検 出可能な物質・エネルギーの偏りが現れる。なかでも、ラヴロ ックはわかりやすい手がかりとして大気組成に目をつけた。つ まり、無生物の惑星ならば、長い年月のあいだに大気中の諸元 素が化学的平衡状態に落ちついているはずだと踏んだのだ。
結局、当時ラヴロック案は採用されなかったらしいが、のちに実際の探査によるデータとコンピュータの算出した平衡状態 の大気成分を比べてみた結果、火星や金星に生命が存在する 可能性はきわめて薄いことが想定できた。ところが、ラヴロックがこの同じ手法を地球にあてはめてみると、ただならぬこと わかった。むろん、こうして厳然と生命の存在する地球の大 気が平衡状態とは異なった組成を示すのはいうまでもないが、 その偏り方と、偏ったレベルに安定している様子が尋常ではな い。それは、何かが意図的に調整しているとしか考えられない ほどのものだった。ためしに、地表の温度、海中の塩分濃度な どほかの変数を調べてみても、地球上に生命が誕生して以来四ホメオスタシス

○億年間同様な怪しい最適値に保たれてきているのだ。 ここから、ラヴロックはその何かを地球大の恒常性追求システム(もっとも単純な例はサーモスタット) ととらえ、あらゆる生 物とその環境との相互作用が織りなす広義の生命圏全体がそれ に相当することを一つの科学的仮説として提出したのである。 ラヴロックによれば、とくに地域的には熱帯降雨林と大陸棚、 生物のなかでは微生物が、〈ガイア〉のサイバネティック機構に おけるもっとも重要な役割をはたしているという。 熱帯降雨林 や大陸棚生態系への干渉に比べれば、現行レベルの工業汚染や 核戦争さえも 〈ガイア〉にとっては致命的ではない(これは〝核の冬〟の研究以前のあまりにも楽観的な見解だ)というのだ。

<ガイア〉の生理学はだいたいつかめた。それならば 〈ガイア の心理学はどうか。知的生物としての人間の機能は? そ

ア〉 れについてラヴロックは、「われわれの集合的知性は、どの程度 とのできる一つの頭脳”を構成しているのだろうか?」とい うひかえめな問いを発するにとどめている。この先は、ベイト こころ

までガイアの一部でもあるのだろうか。種としてのわれわれは、 ガイアの〝神経組織”および意識的に環境の変化を予測するこ

ソンの〈精神のエコロジーやピーター・ラッセルの〈ガイア進 化論〉などを 手がかりに探るべき未到の地である。 ラッセルはか

「グローバル・ブレイン』(工作舎)のなかで、フランス人神学 者テイヤール・ド・シャルダンと近代インドの神秘家シュリ・ オーロビンドを引いて、個々の人間の意識進化が全惑星的に統 合され、それがコンピュータその他メディアのネットワークを 強力な媒介として、人類を土台とはするが人類を超えた〈ガイ アフィールド〉の生成につながるという仮説を提出している。 それは、「意識が生命とは異なり、生命が物質とは異なっている ように、意識と異なるまったく新しい進化のレベルである」た め、現在のわれわれには、まだ正確には把握できない。が、一 個の細胞は原子が一〇の一〇乗個集まって成りたち、一〇の一 ○乗個の神経細胞が自省意識の発生基盤になっていることから 類推すると、世界人口が一〇の一〇乗人前後に達する二一世紀 には、この惑星の心〉は目にみえた活動をはじめるのではなかろうか。ラッセルはいう。

プラネタリーフィールド

この惑星の場は、人類を構成する何十億という意識的存 在の統合された相互作用から生まれるのかもしれない。人 類をつなぐコミュニケーションの輪が広がるにつれ、ゆく ゆく、ネットワークを行き交う何十億という情報交換が、グローバル・プレイン(全地球的コミュニケーションの複雑さの 度合いが臨界点に達すると、人類社会が”地球の脳”のような機 能をもちはじめる)内部に人間の脳に見出されるものと同 様な結合パターンを生み出す時点に到達するだろう。 その 時、ガイアは目覚め、地球の意識に相当するものになるであろう。

3 イオン半前に生命がはじまって以来、 地球の平均気温は 10℃と20℃にはさまれた細い帯の範囲内にとどまっている。もし わが惑星の気温が、 太陽の出力や地球の大気と表面との熱 衡による非生物条件だけに規定されるとしたら、直線AとCで あらわされる上限あるいは下限状況が起こったかもしれない。 その場合、もしくは太陽の熱出力に受動的にしたがう直線Bと いう中間コースをとったとしても、全生命は消滅していただろう。

J・ラヴロック「ガイアの科学―地球生命圏」 (工作舎刊)より

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